島の風に吹かれながら「気づく力」と「手のひら」の感性を育てていく、
新人セラピスト・宙の小さな成長物語。『そらいろスパ日和 〜宙のてのひら物語〜』がWEB上でスタート。忙しい毎日で少しだけ疲れた時に、そっと覗きにきてください。心も体も優しくほどけるような、そらいろの便りをお届けします。
『そらいろスパ日和』Story08「琥珀色:まごころのありか」
そらいろスパ日和、一週おやすみでしたが、みなさんお元気でしたか?
今回は、宙の“心の変化”に焦点をあてました。
私たちセラピストが日々直面する、“おもてなし”の本質に向き合うストーリーです。
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その日、宙はいつものように施術を終えた。
でも、帰り際のお客様のひと言が、胸に小さな波を立てた。
「ありがとう。すごく丁寧で、完璧で……でも、ちょっとだけ、息苦しかったかも」
……え?
言葉はやわらかいのに、胸がざわついた。
宙はその言葉を、頭の中で何度も反芻した。
——私はちゃんとやったはずなのに。
時間通りに始めて、流れも問題なかった。
マニュアル通りの言葉も、忘れずにかけた。
アフターティーの時間もちゃんと用意して…
……ただ、次の予約が気になって、あまり話しかけなかったけど。
ふと、胸の奥に“そっけなかった自分”の姿が浮かんだ。
「……私、心ここにあらずだったのかもしれない」
そのとき、光が静かに近づいてきた。
「宙、おもてなしって、形だけだと思う?」
「え……?」
「温かいおしぼりとか、流れがスムーズとか、それももちろん大事。
でもね、本当の“おもてなし”って、その人の心に、ちょっとでも寄り添えてるかどうかだと思うんだ」
宙はうつむき、しばらく黙っていた。
「……そうか。私は、“正しくやること”ばっかり気にしてたんだな……」
「……わたし、ちゃんと“その人”を見てたかな……」
あとで振り返ったとき、そう思った。
ただ時間通りにこなすこと、マニュアル通りの言葉、
次の予約が気になって、心ここにあらずのまま話しかけるふりをした自分。
それらが全部、伝わってしまった気がした。
光は優しくタオルを手渡しながら言った。
「ちゃんとするより、ちゃんと“いる”こと、かな」
次の日、常連のおばあちゃんがふらりとやってきた。
いつもと変わらぬ笑顔で施術を受けた後、ぽつりと言った。
「あなたがそこにいてくれるだけで、なんだかホッとするのよ」
宙の胸の奥で、何かがそっとほどけた気がした。
——“そこにちゃんといる”だけで、こんなにも人の心はゆるむんだな。
スパの窓の外、夕空にはまっすぐなひこうき雲。
宙はそれを見上げて、そっとつぶやいた。
「……私の“まごころ”、ちゃんと届けていきたいな。
かたちじゃなくて、気持ちで」
その日、宙は光さんから宿題を出された。
「見ると、看るの違いをまとめてきて」と。それがヒントになるからと。
宙は早速その夜宿題に取り掛かる。
__つづく。