島の風に吹かれながら「気づく力」と「手のひら」の感性を育てていく、
新人セラピスト・宙の小さな成長物語。『そらいろスパ日和 〜宙のてのひら物語〜』がWEB上でスタート。忙しい毎日で少しだけ疲れた時に、そっと覗きにきてください。心も体も優しくほどけるような、そらいろの便りをお届けします。
今回は、心の奥の痛みがそっと光に変わる時間、そしてセラピストの宙が葛藤とどうむきあっていくか、そんなお話です。
『そらいろスパ日和 宙のてのひら物語』Story10
「薄葡萄のあかり 信じるチカラ 」
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「共感するけど、同調はしない」
前日の夜、サロンの片づけが終わった頃。
ふとした拍子に、光さんが宙にそう伝えた。
「セラピストは、相手の感情の波に巻き込まれちゃダメなの。 でも、その気持ちを“わかろうとする”姿勢は忘れないでいてね」
宙は、小さくうなずいた。
(うん…なんとなく、わかる気がする。けど、むずかしいなぁ…)
その言葉が、翌日の出来事に結びつくなんて──宙はまだ知らなかった。
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翌朝。
予約表には、新規のお客様の名前。
“ひらがな三文字だけ”の予約フォーム。住所も電話番号もなし。
「なんとなく、イヤな予感がする」
光さんは笑ってそう言ったけれど、宙は「大丈夫ですよ」と軽く笑い返した。
けれど──
その女性がサロンに入ってきたとき、室内の空気がすっと冷えた気がした。
無言でスリッパを履き、目も合わせない。
カウンセリングシートにもほとんど何も書かず、「うるさいのは苦手なんで」とだけ言った。
(……どうしよう、すごく壁がある)
宙の胸の奥がぎゅっとなる。
でも、宙は深く呼吸をして、心の中でつぶやいた。
(この人の中にも、きっと光がある)
施術の間も、会話はなかった。
ときおりため息のような鼻息が聞こえるだけ。
でも宙は、ゆっくりと、あたたかな手を重ね続けた。
呼吸に合わせて、手のひらから「だいじょうぶ」のメッセージを送りつづける。
まるで、言葉のかわりに“まなざし”で寄り添うように。
(私はあなたを、ちゃんと“看て”います)
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施術が終わる頃、女性はしばらくベッドに横たわったままだった。
静寂が流れる。
そして、ぽつりと宙に言った。
「……実は、仕事場でずっと嫌なことが続いてて。
それだけでもしんどかったのに、島に来てまで嫌なことがあって……」
宙はただ、黙ってその言葉を受け止めた。
その人の目には、うっすらと光がにじんでいた。
「……でもね、今、なんとなく……自分の“イライラの周波数”が、少し変わった気がするの。
なんていうか……波が静かになったっていうか……」
ふっと笑みが浮かんだ。
とても小さくて、でも確かな微笑み。
「ありがとう。ほんとに…ありがとう」
宙は、何も言わず、深くうなずいた。
(信じてよかった……)
その人の“光”が、たしかにそこにあると──
宙には、はっきり見えていた。
その日の営業が終わったあと、宙は光さんにそっと話しかけた。
「光さん……今日のお客様、最後にこんなふうに言ってくださったんです。
“自分のイライラの周波数が、ちょっと変わった気がする”って……」
光さんは、たたみかけていたタオルの手を止めて、ゆっくりと宙の方を見た。
「……素敵な言葉ね。それって、“変わった”んじゃなくて、
宙ちゃんが“変えてあげた”んじゃない?」
宙は小さく息をのんだ。
そして、静かに言葉を紡いだ。
「正直……最初は少し、怖かったです。
どうしてこんなにイライラしてるんだろうって思って……
気づいたら、私の気持ちまで引っ張られそうになってて」
光さんは、うんうんと、やさしくうなずいた。
「でも──」
宙はふっと目を伏せて、少し微笑んだ。
「でも、わたし、“施術者である自分”の心にひたすら集中しました。
この方の奥には、まだ見えていない“光”があるって、信じて……
気持ちを、ただ“整えること”に向けていったんです」
光さんの目が、やさしく細められた。
「……それが、“看る”ってことなのよ。
波に巻き込まれず、でも共鳴しながら導いていく。
宙ちゃんの“まなざし”が、あの人の波を穏やかにしたのね」
宙は深く頷いた。
「わたし、もっと“整えられる人”になりたいです。
誰かの心の波に、やさしく触れられるように……」
その夜。
宙はベッドの中から、夜空を見上げた。
まだ薄明かりが残る空に、小さな星がぽつんとひとつ浮かんでいた。
「信じてよかったな」
ふと漏れたその言葉が、静かな部屋に吸い込まれていく。
まるで、心の奥に新しい灯りがともったような──
そんな夜だった。
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つづく。
🌙次回、Story11(8/3 更新予定)もどうぞお楽しみに!
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