島の風に吹かれながら「気づく力」と「手のひら」の感性を育てていく、
新人セラピスト・宙の小さな成長物語。『そらいろスパ日和 〜宙のてのひら物語〜』がWEB上でスタート。忙しい毎日で少しだけ疲れた時に、そっと覗きにきてください。心も体も優しくほどけるような、そらいろの便りをお届けします。
「夢に香る島風」
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あのアロマ授業の日から、二週間が過ぎた。
夜のエアリーリーフ。
トリートメントルームの灯りが落ちたあと、宙はひとり、“アトリエ”と呼んでいる部屋にいた。
それは、エアリーリーフの奥にある小さな空間。
窓際に机、棚には精油の瓶がずらりと並び、
香りと向き合うためだけにある、静かな場所だった。
虫の声が、涼しげに響く。
ミスティックブルーの空に浮かぶ、かすかな雲。
宙はラベンダーの精油の瓶を手に取り、ふたを開けた。
ふわり──懐かしい安らぎが胸にひろがる。
「わたし…もう一度、学びたいな」
宙はぽつりと、空に向かってつぶやいた。
机の上には、分厚い一冊の本。
「Aromathérapie Traditionnelle en France」
ふと開いたページに、南仏・グラースの風景が載っていた。
紫のラベンダー畑。
精油の蒸留器が並ぶ工房。
そして、その下に綴られた一文。
「香りとは、“自然から人への手紙”であり、
人の手で、魂に届く形へと仕立てられるもの。」
宙はその言葉に、胸をぎゅっと掴まれる感覚を覚えた。
「ただの癒しじゃない。香りって…生き方に寄り添ってくれるものなんだ」
ある休日。
宙は、光さんと島のカフェで待ち合わせをしていた。
二人の前に運ばれたのは、島のハーブを使ったハーブティー。
蒸気とともに、優しい香りが立ちのぼる。
「この前のアロマ授業、すごく評判だったよ」
と光が笑う。
「うん。でもね…」
宙はカップを両手で包みながら言った。
「もっと、香りのことを深く知りたいの。
この島に、それを“届ける力”がほしいの」
光は、しばし黙って宙の目を見つめたあと──
ゆっくりうなずいた。
「それって、“旅立ちの香り”だね・・・」
「え…?」
「宙ってさ、いま、“風”に包まれてるよ。
行っておいで、フランス。自分の原点、見つめ直してきなよ」
その言葉に、宙の目がふわっとゆるんだ。
アトリエに戻った宙は、窓を開けた。
潮のにおい、ハーブのかおり、木の葉のささやき。
香りたちは、今日も何も言わず、ただそこにある。
でも宙には、彼らの“ことば”が、たしかに聞こえる気がした。
「島から飛び出しても、香りの風はつながってる。
わたし、この風に乗ってみたい──」
月明かりの中、紫色の空に
宙の未来が、そっと香った。
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次回予告
Story20「島に吹くラベンダーの風」
ついにフランスへ──香りの旅が、始まる。







