島の風に吹かれながら「気づく力」と「手のひら」の感性を育てていく、
新人セラピスト・宙の小さな成長物語。『そらいろスパ日和 〜宙のてのひら物語〜』がWEB上でスタート。忙しい毎日で少しだけ疲れた時に、そっと覗きにきてください。心も体も優しくほどけるような、そらいろの便りをお届けします。
Story 20「島に吹くラベンダーの風」 薄紫の便り
ラベンダーの丘に、やさしい風が吹いていた。
ここは、南フランス・グラース。
香りの都として知られるこの地で、宙は短期のアロマセラピー講座に参加していた。
「香りは“記憶”と“感情”をつなぐものです」
講師の穏やかな声が、工房の窓から入る風とともに胸にしみる。
宙はその言葉を、ノートではなく、心に書きとめた。
精油農園では、朝露を含んだハーブたちが、静かに揺れていた。
宙は、摘み取ったばかりのゼラニウムの葉を手に取り、そっと鼻を近づける。
「はじめて会う香りなのに、どこか懐かしい──」
その瞬間、島の風がふっと蘇った。
エアリーリーフでの香り。
子どもたちと笑い合ったアロマ授業。
そして、光さんのあの言葉。
「それって、“旅立ちの香り”だね」
ある日、講座の休憩時間に、フランス人のセラピストと話す機会があった。
「あなたの“香りの原点”はどこ?」と問われ、
宙は少し迷ってから、こう答えた。
「海のそばにある、小さな島。
そこに吹く風の中に、私の香りがあります」
その人はやさしく微笑んで、言った。
「それは、とても美しい“ノート”ね。
あなたのセラピーは、もう始まっているわ」
数週間後。
島に戻った宙は、エアリーリーフのドアを開けた。
いつもと同じ香り──
だけど、どこか違って感じた。
「香りって、不思議。
同じはずなのに、私の中で“新しく”なってる」
アトリエに入り、ラベンダーの精油をひとつ取り出す。
窓を開けると、海からの風がふわりと部屋に流れ込んだ。
「わたし、この島で──
香りの旅を、もう一度始めたい」
数日後。
光さんと再会した宙は、フランスでの旅の話を一気に語った。
農園のこと、蒸留の香り、ミツバチたちのこと。
まるで精油のように、濃密な記憶たち。
「でね、わたし、思ったの。
この島そのものを、香りの場所にしたいって」
光は少し驚いた顔をして、それからにっこり笑った。
「“旅する香り”やね。…それ、宙らしいよ」
その日から、宙はまた動き始めた。
風にのせて、香りを届ける準備。
島での“香りの旅ツアー”という、新たな夢。
そう──
香りの風は、またここから吹き始める。
⸻
そらいろスパ日和・第一章 完
つづきはまた、風のように。






