島の風に吹かれながら「気づく力」と「手のひら」の感性を育てていく、
新人セラピスト・宙の小さな成長物語。『そらいろスパ日和 〜宙のてのひら物語〜』がWEB上でスタート。忙しい毎日で少しだけ疲れた時に、そっと覗きにきてください。心も体も優しくほどけるような、そらいろの便りをお届けします。
Stpry02:空色〜気づき
「今日はよろしくお願いします。」 そう言ってベッドに横たわったのは、少し緊張気味の女性だった。 ふっくらとしたお腹をかばうようにしながら、ゆっくりと身を委ねてくれる。 妊婦さんではないけれど、全体的に疲れた様子で、どこか“言いたいことを飲み込んでいる”ような空気を感じた。
「まずはうつ伏せで、背中からほぐしていきますね。」 そう伝えて施術を始めた宙だったが、途中で違和感に気づく。 お客様が、ほんの少しだけ体をムズムズと動かしている。 大きく動くわけではない。でも、手の先がきゅっと握られたり、つま先が何度もすっと動く。 (もしかして…しんどいのかな?) その瞬間、ふと光さんの言葉がよみがえった。
――「お客さんって、言いたくても言えずに我慢してる人もいるのよ。 それにね、体って正直だから、“心地よくない”ときは、自然と動いちゃうものなの。」
宙は静かにタオルをかけ直し、お客様にそっと声をかけた。 「少し体勢、変えてみましょうか。もしよかったら、仰向けでリラックスしたまま施術を続けてみますね。」 その提案に、お客様はほっとしたような笑顔を見せてくれた。 「はい…実は、うつ伏せがちょっと苦手で…」 やっぱり。
宙の中で、ひとつ“何か”がつながった感覚があった。 仰向けに変えたあとは、呼吸がぐっと深くなったのが分かった。 表情もやわらぎ、手足の緊張もすーっと解けていく。 “心地よさ”って、こういうことかもしれない。
施術が終わった後、お客様がそっと言った。 「…気づいてくださって、ありがとうございました。何も言えなかったけど、気持ちがほどけました。」 その言葉が、宙の胸にじんわり染みた。
⸻ その日の閉店後。 片付けを終えたあと、宙は光さんとキッチンでお茶を飲みながら話を切り出した。 「今日、仰向けで施術したお客様がいらして…うつ伏せがしんどかったみたいで、途中で変えたんです。」 「…うん、いい判断だったね。」 光さんはカップを置いて、ゆっくりとうなずいた。
「仰向け施術ってね、マタニティさんだけのものじゃないのよ。 実はね、圧迫感が苦手だったり、うつ伏せになると不安になる方って、けっこういらっしゃるの。」 「そうなんですね…」 宙はまっすぐ光さんを見る。 「だったら、最初から仰向けと横向きで行う“やさしいコース”を作ってもいいのかもしれませんね。」
光さんの表情がぱっと明るくなった。「そうそう、それよ。 宙ちゃんの気づきから始まる新しいスタイル。 “気づいて、寄り添う”。それが本当のセラピストの手、だね。」 その夜、宙はノートを開きながら、小さな文字でこう書き始めた。 “仰向けと横向きだけのコース”——それは、我慢をしないでいい施術。 言葉にならないサインを、手で受けとめるセラピー。” 新しいコースの小さな芽が、宙の中でそっと芽吹いた。 ⸻ つづく。 ⸻