島の風に吹かれながら「気づく力」と「手のひら」の感性を育てていく、
新人セラピスト・宙の小さな成長物語。『そらいろスパ日和 〜宙のてのひら物語〜』がWEB上でスタート。忙しい毎日で少しだけ疲れた時に、そっと覗きにきてください。心も体も優しくほどけるような、そらいろの便りをお届けします。
今回は自分の時間”を忘れかけていたママへ、そっと風を届けるお話です
そらいろスパ日和 STORY14話
「珊瑚色〜まなざしのぬくもり」
玄関のドアが開いた瞬間、彼女はふぅっと、音を立ててため息をこぼした。
ベビーカーの代わりに、大きなトートバッグと子どもの上履きが入ったビニール袋を抱え、マスクの奥の目元は疲れていたけれど、どこか「ここに来たことで安心した」ような柔らかさが滲んでいた。
「こんにちは、ようこそお越しくださいました」
宙の声に、彼女は一瞬目を潤ませてから、少し笑った。
「電話したユミです。やっと来れました…なんか…ほっとして泣きそうです」
カウンセリングルームに通された彼女は、上着を脱ぐのも忘れて、
ぽつりぽつりと話し出した。
「私のままでいる時間がないんです」
3歳と6歳の子どもがいて、夫は出張が多く、家に一人でいる時間が長い。
子どもが寝静まったあとの夜に、今日一日のことを思い出すと、自分がどれだけイライラしていたかに気づいて、泣けてくる。
「ごめんね、ごめんね」って、寝顔に謝ってばかり。
本当はもっと、笑っていたいだけなのに。
宙はうなずきながら、ゆっくりと目を合わせる。
「…今日は、がんばらなくていい日です。ふぅっと、力を抜いてくださいね」
宙が手のひらで触れた瞬間、彼女の肩が一度だけピクリと震え、
それからすうっと沈んでいった。コースはそらいろフェイシャルコース。
ゆっくりとした手の流れ、温かなオイル、
額に触れたとき、彼女の目元から一筋の涙がこぼれた。
施術が終わり、温かいハーブティーを飲みながら、彼女はぽつりとつぶやいた。
「ちゃんと、わたしのことを感じてくれる手に触れてもらったの、すごく久しぶりでした」
宙は、ふと思い出したように口を開く。
「昔ね、一緒に住んでたおばあちゃんが、こう言ってくれたの。
“人って、五本の指なんだよ”って。
親指だけでも、人差し指だけでも、物は持てないし、字も書けない。
それぞれが少しずつ支え合ってるから、字も書けるし、お箸も持てる。
だから、一人でがんばらなくていいんだよって。
隣の指の助けを借りていいんだよって。
……一人っ子で、完璧主義だった私に、そう言ってくれたんです」
宙は、すこし照れくさそうに笑った。
「まだ結婚もしてない私がこんなこと言ってごめんなさい…!
でも、エアリーリーフが、ユミさんの“小指”くらいの力になれたらなって…そう思ってます💦」
ユミは、ふっと微笑みながら、ぽつりとつぶやいた。
「そっか…私、自分だけで頑張ろうとしてたのかもね…」
帰り際、光さんがぽつりと言った。
「いいおばあちゃんだね」
宙は、ゆっくりとうなずく。
「はい。天国から、きっと見守ってくれてると思います」
空は、珊瑚色の夕焼けに、そっと包まれていた。
つづく。
次回こうご期待